バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 考え事は苦手だ。

 答えの分からないことを考えようとすると、私はすぐに眠くなってしまう。

 いつの間にかぼんやりとしてしまっていたらしい。

 窓の外の風景が少しずつ変化していた。

 五月の遅い日暮れを迎えて、一面の夕焼け空にぽつんと浮かぶような富士山のシルエットがくっきりと映える。

 紫色の天空がだんだんと沈んでいき、それにつれて夜の底に広がる街に灯りが浮かび上がってくる。

 言葉で表したくても、陳腐な決まり文句しか思い浮かばない。

 だから私は何も思い浮かべないことにした。

 ただ目の前に広がる光景を見つめ続ける。

 暗くなりはじめた窓に自分の表情がうっすらと映る。

 壮麗な夜景に夢と現実の境目が薄れていく。

 どこかで誰かの声が聞こえる。

『どうして泣いているんだ?』

 誰?

『目が覚めたか?』

「眠り姫は、迎えに来た王子様がキスをしないと目覚めないんですよ」

『じゃあ、仕方がないな』

 あれ、何か触れた?

 なんだか優しさの伝わる感触……。

「待たせてすまなかった」

 へ?

 え、しゃ、社長!?

 目を開けると困惑ぎみの社長が私の顔をのぞき込んでいた。

 えっと、これは夢……じゃなくて、えっと、私、眠ってたの?

「やっと目覚めたか。待ちくたびれただろう」

「あ、す、すみません」

 私はあわてて姿勢を正した。

 やだ、だらしない格好で寝てなかったかな。

< 58 / 87 >

この作品をシェア

pagetop