バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
◇
窓の外には極上の夜景が広がっている。
涙を拭いていると、私のお腹が盛大に音を立てた。
「お腹がすいただろ。食事を用意させよう」
社長の微笑みに私も笑顔を返す。
「安心したら、食欲がわきました」
気取ったり、飾ったりすることはない。
本当の自分をさらけ出して笑い合える。
ソファに腰掛けた二人の間には、まだほんの少しの距離があるけど、見つめ合う私たちの気持ちは一つに溶け合っていた。
と、そこへ係員がやってきた。
「新羅様、お母様がお見えになりました」
「母さんが!?」
社長があわてて立ち上がると同時に、佐和子奥様が姿を現す。
私も立ち上がって頭を下げた。
「奥様、パーティーの時はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「あなたに用はありません」と、奥様が私を手で制した。
「すみません」と、二人の邪魔にならないように私は一歩下がった。
「徹也」と、奥様が社長に向かって叱りつける。「あなたはこんなところで何をしているのですか」
「母さんこそ、撮影で京都にいたんじゃないのか」
「お見合いの話を勝手に断ったそうですね。お父様の顔に泥を塗るつもりですか」
「交際するつもりがないんだから、はっきりと断る方が失礼にならないだろう」
「自分の立場というものをわきまえなさい。これは家同士の話です。あなたが決めることではないのですよ」
「自分のことを決めるのは自分だと言ったのは母さんじゃないか」
奥様は口元に笑みを浮かべながら私を品定めするように眺めた。
「こんどは社員に手を出すつもりかしら。それにしても、もう少し相手を選ぶべきじゃないかしらね。このような場に来たくらいで舞い上がっているようでは、つねに人の上に立ち、注目される立場の名家にふさわしい方とは思えませんわね」
「よしてくれ、母さん。なんて失礼なことを!」と、社長が話をさえぎろうとする。
でも、奥様はさらに言葉を重ねてきた。
「ペットを手懐けるための餌付けのつもりかしら」と、私のことを鼻で笑いながら社長の方を向く。「徹也、素人に手を出すのはおやめなさいとあれほど言ったでしょうに。手切れ金やら、面倒なことになりますよ。話題作りに必死な若手女優とか、何人いるのか分からないようなアイドル歌手とか、後腐れのない遊び相手ならいくらでも都合のいい女がいるでしょう。そういったマネジメントもセレブのたしなみの一つというものですよ。その点、お父様を見習いなさいな」
社長は黙り込んだまま何も言わない。
「そもそも、あなた一人で会社を運営できているなんて思ってるのかしら? あなたが新羅財閥の御曹司だからこそ、みなが出資したり力を貸しているんでしょう。全てはお父様のおかげなのではありませんか。あなたには、このわたくしが、ふさわしき家柄のすばらしいお嬢さんを見つけてあげますからね」