バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
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ハピネスブライトを退職して、六月に入っても私はアパートで何もしない日々を続けていた。
次の職場を探す気にはならなかった。
少しくらいなら貯金もあったから、すぐに生活に困ることもない。
気力が戻るまでは成り行きに身を任せようと思っていた。
ただ、それがいつになるのかは分からなかった。
数日おきのアパートとスーパーの往復だけで私の生活は完結していた。
山中先輩とは退職したときに『さびしくなるね』とメッセージが入っていただけだ。
私からは返信をしていない。
今までさんざんお世話になってきて失礼なのは分かっている。
だけど、なんて返したらいいのか、考えることもできなかったのだ。
何かを言おうとすると、胸が苦しくなる。
誰かに聞いてほしいという気持ちがあるのに、知っている人と会うのが怖かった。
心の中に開いた穴にはまって、もがけばもがくほど深みにはまっていくような気がした。
だから私は、眠り続けることにしたのだ。
そんなとき、私は食料品を買いに出た近所の街角で偶然知っている人と出会った。
でもそれは会社の人ではなく、私とは別の世界の人だった。
「星崎さんですよね。お久しぶりです」
山中先輩の同僚だった美咲さんだ。
イタリアの大富豪と夫婦なのに、上から下まで丸ごとファストファッションというものすごく庶民的な格好だったから、声をかけられるまで気がつかなかった。