バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 私と同じように買い物に来ていたらしく、幼稚園くらいの年頃の女の子を連れていた。

「こんにちは」と、かわいい声で挨拶してくれる。

 栗色の髪に同じ色の瞳をしたまつげの長い女の子だ。

「こんにちは。お子さんですか?」

「ええ、サクラです」

「ごさいなの」と、かわいい手を広げて満面の笑顔を見せてくれる。

「へえ、そうなんだ。かわいいですね。ミケーレさんもサクラちゃんがかわいくてしょうがないんじゃないですか?」

「おばあちゃんがね、パパはサクラにあますぎるっていつもおこってるの。ドルチェよりあまいって」

 美咲さんがサクラちゃんと顔を見合わせて笑っている。

「娘を溺愛するいい父親なのよね」

「できあいってなあに?」

「メロメロってこと」

「メロンメロン!? メロン、だいすき! でもね、ティラミスもたべたい」

 美咲さんが私を誘ってくれた。

「今からティラミスを食べるところなんだけど、ご一緒にどうですか?」

「え、どこでですか?」

 この辺にセレブ親子が行くようなお店なんてあったかな。

「ここだよ」と、サクラちゃんが指さしたのは、緑色の看板が目立つ庶民的イタリアン・ファミレスチェーンだった。

「パパはここのティラミスが大好きなのよね」

「せかいでいちばんおいしいんだって」

 へえ、そうなの?

 イタリア人が言うくらいだから、そうなのかな。

「でもね、きょうはわたしがぜんぶたべちゃう」と、サクラちゃんが両手をあげてジャンプする。

「パパかわいそう」

 でも二人とも楽しそうだ。

 お手ごろ価格のイタリア料理を楽しめるファミレスに入って席に着くと、サクラちゃんはすぐにキッズメニューの間違い探し問題に取り組み始めた。

「この子、これをやるのが好きでね。よく来るんですよ」

 真剣なまなざしで集中しているサクラちゃんを横目に、美咲さんがミケーレさんの話をしてくれた。

「日本に留学してた頃に、ここのティラミスを食べたらイタリアに帰りたくなくなっちゃったらしいのよ」

 そこまで惚れ込んじゃったんですか。

「もともと北イタリアのデザートだから、南イタリア出身のミケーレは日本で初めて食べたんですって」

「ああ、そういうことなんですか。ちょっと意外ですね。イタリアって言ってもいろいろ違いがあるんですね」

「まだミケーレが日本に留学してた頃は、このチェーン店は現金だけでカードが使えなかったのね。だから、日本人女性におごってもらってたらしくてね」

「え、お金持ちなのに」

「でも、その後、カードの使えるお店につれていってお礼をしてたんだって」

「ああ、なるほど」

「イタリアの男にしたら、日本の女なんてチョロいんじゃないかしら」

 あの、奥さん、それでいいんですか。

「でもね、そうやって日本語を覚えたんですって」

 だから日本語ペラペラだったのか。

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