バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「今日はミケーレさんはいらっしゃらないんですか」

「日本にはいるんだけど、急に企業買収の話を持ちかけられたらしくて出かけてるんです」

 こんな庶民的なイタリアン・ファミレスで出てくる話題とは思えない。

 サクラちゃんが首をかしげる。

「ママ、ばいしゅうってなあに?」

「お買い物のこと」

 いや、買い物って簡単に言ってますけど、会社ですよ、会社。

 コロッケ買いに行くみたいなのとは違いますよね。

「パパにメロンもかってきてもらおうよ」

「じゃあ、今はお仕事で電話はだめだから、メールしてあげて」

「うん」

 美咲さんから渡されたスマホを両手で器用に操ってあっという間に打ち込むと、にっこり笑って私に見せてくれた。

『Ciao Papa. メロン買ってきてね。 Ti amo!』

「すごいですね。イタリア語もできて、漢字も使えるんですね」

「予測変換でやってるだけでしょうね。いつも似たような文面だから。今時の子供はこれくらいやっちゃうんじゃないかな」

 ティラミスが運ばれてきてからもサクラちゃんは間違い探しを続けている。

「はちこみつけたけど、あとふたつわかんない」

 美咲さんはミケーレさんとの出会いや、今の生活のことについて話してくれた。

 生活の拠点は日本で、年に数回イタリアに行っているんだそうだ。

「イタリアはいいところなんだけど、ミケーレがサクラを日本で育てたいって言うのよ」

「どうしてなんですか」

「テロに巻きこまれるのを心配してるのよ。彼のお父さんとお兄さんが実際にテロの犠牲になってるから」

「そうなんですか」

「財産もありすぎると不幸の元みたいね」

 美咲さんの言葉に社長のことを思い浮かべてしまった。

「安全ってことで言うと、確かに日本は平和なのよね」

 そういうものなのかな。

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