バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
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七月に入って、私は散歩に出かけることにした。
一週間ほど雨が続いて買い物に行かずにいたら、冷蔵庫は空っぽで、パスタもカップ麺も買い置きがなくなってしまったのだ。
雨は上がったけど、どんよりとした雲に覆われたままだ。
いつものスーパーへ行く道を脇にそれ、小さな神社の境内を突っ切って川の方へ行ってみた。
会社にいた頃は、他に趣味もなかったから、よく休みの日に散歩したっけ。
邪魔なスマホは部屋に置いてって、お財布だけ持っていくのがマイルールだった。
あえて知らない道に入ってみて、おもしろいお店を見つけたり、小さな公園の錆びたブランコに座って空を眺めたり、帰りにおいしそうなメンチカツを買って帰ったりしたんだっけ。
歩きたくなったのは久しぶりだ。
今は毎日が休日なのにね。
生ぬるい風の吹く街を、あてもなく歩く。
土手の階段をあがって堤防の上に立つ。
長雨で水量の増した川にはいろいろな物が流れている。
泥の臭いをふくんだ風が吹き抜けていく。
遠くの鉄橋を電車が通り過ぎていく。
遅れて音が聞こえてくる。
あの電車に乗って通勤していたんだな。
水浸しの河川敷の向こう、ビルの合間に小さくベリヒルが見える。
こちら側は雲に覆われているけど、向こう側には光が差している。
私、あんなところで働いていたんだな。
あの場所も、あそこにいた自分も、全然別の誰かの話みたいに思える。
今頃、先輩達は働いているんだろうな。
思い浮かべてみたところで、何の感情もわいてこない。
いいことも嫌なことも流れ去って、なんだかすべてのことが私とはまったく関係のないことになってしまったようだった。
卒業式の日にはあんなに泣いたのに、長い春休みに入った途端、誰とも会わなくても何ともないことに気づいてしまった中高生時代みたいだ。
次の新しい場所に行っても、私はきっと変わらないんだろう。
そろそろ、新しい仕事を探してみようかな。
私は背伸びをしながら土手を下りた。