バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 帰りにアパート近くのいつものスーパーで買い物をして店を出たら、土砂降りの雨になっていた。

 傘持ってこなかったな。

 おまけに両手に買い物袋をさげている。

 雨宿りしたところで、空は一面真っ黒で止みそうもなかった。

 しかたがない。

 濡れていこう。

 スーパー出口のひさしから一歩踏み出したとき、私に傘を差し掛ける人がいた。

 白いシャツにスキニージーンズのラフな格好で、最初は誰だか分からなかった。

 ううん、そうじゃない。

 こんなところにいるなんて考えられない人だったのだ。

 しゃ、社長……。

 呼吸が乱れて声にならない。

「やあ。半分持つよ」

 私の手から買い物袋を取ろうとする相手をふりほどく。

「やめてください」

「濡れるよ。一緒に行こう」

「来ないでください」

 社長は私の方に傘を傾けてじっと私の目を見つめた。

 社長の肩が濡れていく。

「話があるんだ」

「私は話したくありません」

「少しだけでいいんだ」

 私は傘から抜け出して雨の中に踏み出そうとした。

「待ってくれ」

 社長が私の腕をつかむ。

「離してください。叫びますよ」

「頼むよ」

 ププッ!!

 言い争っていると、クラクションを鳴らされてしまった。

 気がつくと、二人で駐車場の出入口を塞いでしまっていた。

 私は買い物袋をさげたまま社長の手をつかんで引っ張った。

 運転手が舌打ちのような表情を見せながら駐車場を出て行く。

 傘なんかもうなんの意味もなかった。

 捨てられた子猫同士の喧嘩みたいに、二人ともずぶぬれだった。

< 80 / 87 >

この作品をシェア

pagetop