軌跡のFile100

File002. Stage3

別れよう、

そう切り出したのは僕だった。


本当はこんなことは言いたくなかった。言うことはないと思っていた。


僕の会社が倒産してすぐ、僕は覚悟を決めた。まだ大学院生の彼女は、ちゃんと食べていくためにも、誇りを持って生きるためにも、こんな惨めな僕の側に残るべきじゃないって。

だけど。

「神様」なんて信じていなかった。今も信じてはいないのかもしれない。僕はあのとき初めて神様を恨んだ。



























































───肝臓癌です。

まさか、と思った。まだたった26なのに。酒だってたくさん飲むどころかむしろ苦手なくらいなのに。

肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるのは中学生くらいで習った覚えがあるが、実際僕の身体を蝕んでいた癌は自覚症状がなかなか現れないうちに酷い方向へ向かってしまったらしい。
ステージは3だと聞かされた。助かる可能性は約15%だと。


まさか僕が小説の王道ストーリーみたいな人生を歩むことになるとはね、
そう彼女の前で笑ってみた。
うまく笑えていたかはわからないが。


さっき、神様を恨んだ、と言った。むしろステージ4、救いようのない末期まで進んでいれば、感謝できたのかもしれない。社会的に落ちぶれたこの僕が病気によってこの世界から消えてしまうとわかっていれば、彼女の未練も尽きるだろうから。



───わかった。『今は』別れよう
彼女は数日間ぐずっていたが、僕の真剣な面持ちが伝わったのか遂にうなずいた。

───勝負しよう、あなたが病気に負けて死んじゃったらあなたの負け。あなたが勝つのは病院を治して私たちが結婚式を挙げるとき。いいでしょ？決着が着くまで、絶対にあなたを待つから。

優しくて、強くて、一途で、

誰よりも愚かな彼女だと思った。



僕はその勝負を受けた。互いに金銭的にも肉体的にも精神的にも疲弊しきっている中で、彼女が仕掛けたこの勝負。

今日が第一ステージだ。

必ず、
勝つ。