秋を憂い、青に惑う
次に目を覚ますとそこは天国、なんてそんなことはあるわけなくて、しっかり朝が来ていて、射し込む朝日の中に小鳥の囀りがあった。
どこからか金木犀の香りがする。
松の間の檜の香りと、金木犀と、和泉の匂い。既に先に目覚めて薄い目で眠たげに瞬きする和泉に「おはよう」って言われて、「おはよう」って返す。
「…絶対寝れんと思ったけどめっちゃ寝たわ」
「…わたしも」
民宿のコースは夜の懐石がメインだったから、朝は一応軽食という形で選べる。ご飯かうどん、という選択肢にうどんを選んだら、民宿の食堂の所から出されるから支度が出来たらどうぞ、と言われた。
その時襖を開けておはようございますとお辞儀をした仲居さんが、昨日と違った人だった。わたしと和泉を見て、一瞬固まってから何事もなかったみたいに笑う。
民宿の入り口のところの食堂に、二人分の朝ご飯が用意されていた。
透き通ったお出汁の素うどん。昨日食べた豪勢な懐石料理とは違うけど、こういうやさしくて素朴な食事も、魅力的。椅子を引いて和泉と向かい合わせで座って、いただきますの合掌をする。
あれ、絶対そうよ、と食堂の中で他の人に耳打ちしているさっきの仲居さんが視界の隅で見えても、構わずにうどんを啜った。
食堂の隅にいたおじさんが見ているテレビからニュースキャスターの声がする。
《———一昨日未明から捜索が続いている開成高校の和泉 ‥さんですが、当日の下校時刻に同級生の片桐五十鈴さんと一緒にいるところを同じ学校の生徒が確認しており、また同日都内の工具店の防犯カメラに二人と思しき人物が撮影されていることから、警察は現在行方不明となっている二人と見て捜索を進めています》
もう、食堂の奥にいた仲居さんたちの姿は見えない。
そこにあるのは、ただ無心でずず、とうどんを啜るわたしたちの音だけ。