秋を憂い、青に惑う
部屋に戻り身支度を済ませる間、なんの会話もなかった。
和泉がずっと落としていたスマホの電源をつけるから、そんなことしたらGPSでバレちゃうよと言ったのに、人差し指を唇に添えた反応に耳を澄ませて、察した。
急ぐでもなく荷物を黙々とまとめるわたしに間もなく、迫りくる慌ただしい部外者たちの音と、妙な静けさにまみれて和泉のスマホがけたたましく鳴り響く。
音量を上げて、やっと耳に当てたスマホから声がする。
「青さん
お願いだから戻ってきて」
その女八つ裂きにしてやるもう二度と日のあたる場所を歩かせない、と続いたそれを遮るようにスマホの息の根を絶って、柱に背をつけたまま和泉が、
和泉 青がわたしを見る。
「…好きだよ、五十鈴」
「…やめてよ、もう会えないみたいじゃん」
わたしも好き、って射した光の中でほのかに笑ったら、外から届く部外者の騒音に目を伏せる。
好きな人と行くなら家電量販店でも工具屋でもない、次に行くならパンケーキ屋とかがいい。好きな人にはじめてもらうなら、物騒なものじゃなくてネックレスとかがいい。それでもこの瞬間のために買ったジャックナイフをぶら下げて和泉がそれはそれは物騒に笑うから、もうわたしもなんでもいい気がした。
青春なんて、かなぐり捨てた。燃えてしまった戻らない時なんて、いまの私たちにとって取るに足らない過ぎた青さだ。