秋を憂い、青に惑う
和泉酒造、って和泉のひい爺ちゃんの世代から続き全国チェーン展開までしている由緒正しきお家柄の跡取り息子であるだけに、和泉が編入してきた当初奴は動物園のパンダ状態だった。
お家柄だけでなく、和泉は見た目も小綺麗だったからだと思う。恐妻家で知られる和泉酒造の女将さんの下で礼儀的なものも物心ついた頃から叩き込まれたんだそうで、行き着く先は酒造の亭主だというのにピアノにバイオリンの情操教育の一切を嗜み、姿勢もよく成績はいいばかりか、運動も出来て更に顔まで上等ときた。
極め付けにその背景にある財産に目が眩んだ女子があくる日もあくる日も和泉に声をかけ、わたしもその光景を友人とよく目の当たりにしていた。
生きる次元が違う、そう思ってたんだずっと。
だからその日、はじめて和泉と話した日、目があった日、わたしはこれが最期だと思った。
一度も恋愛をしてきたことはないのに、出逢ってしまったと思った。この目に捕まったのは、わたしだったはずだ。
今ではわたしが捕まえている。
「ラーメンは、何味が好き?」
「醤油」
「わたし絶対みそがいい。あ、とんこつもいい、あ、でも油っぽいからやっぱりみそ、あ、でも塩もいい」
「どれだよ」
自分ないんか、と紙ナプキンを向かいからあてがわれ少しだけ拭かれる。それでおう、って目を閉じて開けた先、少し笑った和泉の歯にネギがついてなかったから、良かったと思った。
触れたことなんてない。
手を繋いだことも。
抱きしめあったことも。
キスをしたことなんて、到底。
目があった。そこで、この人で終わりだと思った。恋することを堕ちるとはじめに名付けた誰かに、わたしは何も伝えられないけれど、今ならその通りだって思うよ。だからどこにいるのかもわからないあなたに伝える。