秋を憂い、青に惑う
他愛のない話をしてお会計を済ませて店を出るとき、店主のおじさんが久しぶりの客だからってドリンクのサービスをしてくれた。
コーラとオレンジの瓶。瓶のジュースなんて久しぶりって笑ってから、わたしはそれを鞄に詰めた。和泉にどっちがいい、って聞いたらコーラ、って言われた。多分見透かされていたと思う。わたしのサイダーが好きだけど、コーラが苦手なこと。伝えたことは一度もないけれど。
「和泉、コーラ飲めるの」
「お前おれのことなんだと思ってんの」
「だってなんか前、コーラ飲まないって言ってた」
「確かに母親にずっと摂生はされてた」
コーラなんて不健康な子どもの飲み物だとか、虫歯になるとか、頭が悪くなるとかまで言われていたんだって。そんなのあるわけないし、正直少し和泉のお母さんをどうかと思ってしまった。
和泉酒造が番組で取材を受けてるときに見たことがあるけれど、本格旅館だったりお店にいそうなザ・女将って感じの人で、隙のすの字も無さそうだなと思ったのは覚えてる。
その隣で、御子息さんですね、って問われた時にモニターの中にいた和泉は本当に好青年で、それを自慢げに前に出すお母さんに少し違和感を覚えてた。
全国テレビのモニターの中にいた和泉の化けの皮は、わたしの前でだけ剥がれる。だってあの箱の中で、和泉は誰かをお前なんて言わない。きみ、って言った。あなたは、きみは、ごめんなさい、ごめんねって言う。
ありがとうって伝えて断る、誰かの好意を。
それなのにわたしにだけはじめからフィルター0だった。変な話だ。
「わたし、誰かをお前っていう人好きじゃない」
「あ、そう」
「いつもみたいに言いなよ」
「いつも?」
「いつも」
他の同級生にしてるみたいにさ、って和泉の前に出て後ろで手を組んで前のめったら、前髪の下で眉が少しだけ煙たげに動いた。そんな顔、わたしにしか見せないじゃん、なんだよ。