幽閉の鬼火〜榊第一高校生徒会の怪奇譚〜
『青様、嵐様は青様を誰よりも理解していらっしゃる。嵐様が貴女をお棄てになられることなどございましょうか。たとえ2人が別つとも、それもまた天命。嵐様を引き留めてはなりません』


『天命なんて、人の定めた戯れ言に過ぎないわ。貴女は酷い人よ、嵐。私を置いて、何処へ行くというの?またあの男の元へ行くというのなら、私は貴女を絶対に許さない』


『……』


『嵐!』


1人の少女が男性の制止を振り切り、舞台袖に消える。


貴族から転落し、居場所を失った青に手を差し伸べた嵐。


そんな嵐に嫉妬心を抱きながらも、姉のように慕う青。


美しく、貴い嵐は、貴族の駒としての宿命を背負い、それでも青と寄り添いながら生きていた。


しかし青の願いも虚しく、嵐は時代の波に翻弄され、涙を湛えて堕ちていく。


『青嵐』は嵐という孤高の女性を描いた物語だった。


演者が声を発する度、空気が震え、色付いていくみたいで、あたしはお芝居のことはよく分からないけど、すごいんだっていうことは分かった。


白川先輩も美保さんも藤原も、本来の目的を忘れたように、舞台に魅入っている。


見えないはずの洋館、アンティークの家具、華やいだガラスの照明……。


それらがさも存在するかのように、雰囲気が形作られていく。


でも、そこに嵐は存在しない。


舞台上を照らすスポットライトは、そこに居ない嵐の想いをあたしたちに知らせる。


千尋さんは、この舞台にどれほどの想いをかけていたんだろう。


それを思うと、胸が詰まった。


あたしはほんの一瞬、瞳を閉じる。


そして、光あたる場所に立つ、千尋さんの姿を想像する。


背筋を伸ばし、強い瞳で前を見据え、その整った唇から紡がれる言葉が、まるでひとつの意志のように胸に響いては消えた。


千尋さんの演じる嵐は、台詞はなくとも確かにそこに存在した。


綺麗だと思った。


どうか、千尋さんが呪いから解放されますように。


そう願わずにはいられなかった。
< 62 / 75 >

この作品をシェア

pagetop