交錯白黒
「ありがとう、水城くん」
「いえ。逆に遅くなってすみません」
隣を歩く、男性にしては華奢な肩に感謝する。
顔を見上げると、知的な雰囲気を倍増させている金縁のメガネをしなやかな中指で押し上げていた。
その仕草が、亡き亭主と重なり、ドキンと心臓が高鳴る。
私の亭主も医者だった。
その跡を継いで、院長になったものの、想像以上の激務で自我を失いかけた。
私の亭主は過労死だったのだが、それも納得できる。
ただ――あの人の最期のあたりには、ずっと喧嘩ばかりだったから、本当に申し訳ない。
どうして、すごく疲れていたのに、気づいてあげられなかったんだろう。
クールだけど、本当は優しい人だったのに、不器用なだけだったのに、天藍には良くない印象しか残せていない。
「僕も……蓮さんにはお世話になったので。その奥様を守るのは当然です」
「水城くん……」
予期せず、涙が生まれてきてしまった。
「何で泣いてるんですか」
普段無表情な水城くんが呆れたようにハハッと笑う、その行動がまた優しくて。
「泣き虫ですね、櫻子さんは」
「蓮を怒らせた……恋藍が遺した罪を、私は、隠し通せる自信がない……」
どうか、橘家と距離をとってほしい。
天藍に、気づかれてはいけないのだ。
恋藍の、最期のお願いだから。
だから、琥珀くんとあそこまで密接に接触しているとわかったときには、とても焦った。
もしかしたら、院長室に入ってくる前、あの人と出会ったかもしれない。
お願い、神様。
恋藍の秘密を守って――。
顔の前で手を扇ぎ、涙を乾かそうと奮闘していると、その手を水城くんに掴まれ凛とした声でこう言われた。
「……大切なお話があります。今夜、院長室で待っていてください」