交錯白黒
暗く沈んだ気持ちでその場に硬直していると、背後で足音がした。
誰か、いる。
しくじった、誰か来たとき用の対処策を考えておくべきだった。
鼓動が少しずつ騒ぎ始め、応急処置を捻り出す。
一度気絶でもさせて、顔を認識される前に逃げる、これが最善策であろう。
と、と指先が肩に触れたのを感知し、その人の腕を掴んで投げた。
どん、という鈍い音と共に振動が床を這って体に上ってくる。
武道など習ったこともないのに、柔道で使われそうな投げ技ができてしまった、と自身に感心していると、投げ飛ばした相手の頭が動き出し、構えた。
しかしそのうめき声を聞いて力が抜ける。
「痛い〜!琥珀、何か武道してたっけ?」
無駄に警戒させやがって、自業自得だ。
「お前、何でここに来た?」
「いや何でって……証拠になるもんねーかなーって。逆になんで琥珀はここに?」
「言ったろ。調査内容言えねぇって。こういうことだよ」
「どういうこと」
その鈍さに苛立ちながらも、その奥で羨む気持ちが生まれるのを、必死に抑えた。
「だから、俺は、親父の部屋に無断で侵入してんだ。そんなこと言えるかよ」
「え、別にいいじゃん」
「は!?」
紙を漁る真剣な瑠璃の顔を凝視する。
「あいつが悪いことしてるんだから。僕は手段を選ばない」
その声が俺の心に杭を打ち、俺の決意が生半可なものであったことに気づかされた。
艶めく黒髪の落とす影が普段の優良児ぶりを霞ませ、彼の本性を浮き彫りにしているようである。
「お前、何気に強いよな」
俺がボヤくと、一度手を止め、しっかりと俺の目を見据えて言った。
笑っているのか、悲しんでいるのか、はたまた怒っているのかわからないような複雑な表情で。
「強さと弱さは表裏一体だよ」
瑠璃はふふっ、と湿った笑い声を漏らすと、紙を再び漁り始めた。
「琥珀にはまだわかんないかな〜」
「当たり前だろ。お前の言うことなんて大抵意味不明なんだよ」
「ん?写真だ。誰だろ、めっちゃ美人」
「何またよく分かんねぇこと言ってんだ」
お前の言うことだけじゃない。
俺には何もわからないんだ。
お前が何故人のためにそこまでできるのかも。
俺の存在価値も。
家族というものも。
愛情も。
全部全部、わからないんだ。