交錯白黒

「…何で如月が謝るんだよ。おかしいだろーが」

水の沸騰前のように、少し波が立ち始めてふつふつと気泡が湧いてくるような、静かに怒っている、橘くん。

でもその言葉の間に、自分をも責め立てている悲痛な感情が含まれていた。

「今まで被害を被ってきたのは、お前だろ!?言いがかりでイジメられて、自分勝手な奴に、見放されて……!」

橘くんの手の甲に、骨のように筋が浮くほど、強く強く胸の辺りを握っている。

息を吸うのも苦しそうに、首まで筋張らせていた。

「何よ、琥珀だって私と如月と同類じゃない。皆、自分の為にしたことが全て、知らず知らずのうちにであっても、人を傷つけてる。それが連鎖して今に至ってるんじゃない。何で如月だけが被害者みたいになってるの?」

高田さんがぐちゃぐちゃの顔で橘くんに向き直って問いただす。

やめて、このままでは彼がいずれ……爆発する。

「親子関係のことなんて気にせず、安寧秩序な環境で育ってきたのね。親の重圧が、どれ程のものか知らないのね。流石はクローンだわ」

彼女の皮肉に、場が凍りついた。

「ふざけんじゃねぇよ!!」

ダン!

また、彼が高田さんを木に追いやり、血管が破れそうなくらいの力の入りようで怒鳴る。

私は凍りついていた喉を何とか溶かし、急いで声を突き出した。

「待って、橘くん!落ち着いて……!」

その私の努力は彼の耳には届いていないらしく、回りの空気を深く振動させるような唸り声を漏らして、高田さんを睨んでいる。

赤い血管がくっきり浮き出、油を塗ったくったようにギラギラと脂ぎっていた。

わざと怒らせたのだろう。

高田さんは橘くんを別の生物を見るかのように、軽蔑した目で真っ直ぐ見ている。

全く、意趣晴らしのつもりならやめていただきたいところである。

「ねえ、橘くん聞いて?聞こえる?挑発に乗っちゃ駄目よ。落ち着いて、冷静になって!」  

それでも彼は猛獣のように荒れ狂い、溢れ出す黒い怒りが消えることは無かった。

……まずい、非常にまずい。

「……好きなだけ殴れば?」

何かをぴりっと感じた。

彼女の赤い唇が動くより先に、私の足が動いていた。

綺麗な指先と太い腕が光の中、振りあげられる、しなる。

パン!

本日2回目の乾いた破裂音は、水音も含んでいてすっきりしない音だった。

「はっ……!?」

「なっ……!」

「待ってって、言ったじゃない、馬鹿」

血が流れ続けていた頬に再度刺激が加わり、痛みと流血量が増えたように思えた。

後ろには高田さんの荒い呼吸音、目の前には橘くんの血塗れの掌と愕然とした表情があった。

私は唇を曲げようとした。

上手く筋肉が動かなかった。
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