交錯白黒
彼女は薄く笑って細く白い指先を俺の唇に当てた。
「大丈夫。わかってるわ。あんなこと言われたら、止まれないわよね」
彼女は乱れた髪を結っていたヘアゴムを解く。
滑らかに宙をうねった麗しい黒髪が、多彩な光の粒を纏い、一枚の絵画のようだった。
そして、ポニーテールに括った。
前髪は下ろしていなかった。
彼女に似合わない、悪戯っぽい笑みが、キラリと照り輝く。
ああ、なんて玲瓏な。
俺は、俺なりにクローンのことは割り切っていたつもりだった。
でもやはり、心の片隅にしつこく居座っていて、しかもそれは、なによりも弱く、そして強い起爆剤だったんだ。
俺の存在を誰もが受け入れてくれるようなことではないと、わかっている。
だけど……こいつは、高田は。
受け入れてくれたと、そう騙されたから。
……いや、違うな。
俺がクローンであろうがなかろうが、如月を痛めつける為だけの道具にされていたことは随分前から気付いていた。
なのに如月を助けられなかった自分と、散々如月と俺を傷つけておいてのあの高田の態度、そして……未だこびり付いてとれない悔しさが怒りとなって現れた。
そんな俺は、未熟者なのだろうか?
いつまでもその怒りを拭えない俺は、短絡的なお子様なのだろうか?
俺は復讐したいのだ。
俺の人生、目茶苦茶にした奴らを。
でもそれは道徳的に許されたものではない。
如月が一度、癒やしてくれたこのささくれた心は、また、高田によって乾燥しはじめる。
どうして、如月みたいな人ばかりが、こんな惨い報いを受けなければならないのだ。
この世に神は存在しないから、なのだろうか。
それとも……俺のような異常因子が側にいるからだろうか。
掌に貼り付いた血がねっとりと粘る。
……流石はクローンね。
親子関係なんて、俺の人生の中で最大の汚点だ。
わかっていないのは高田、お前のほうだ。
どれだけ濁っていて、暗く深く冷たい闇が彼らを覆い、それが自分にまでフッかかってくる恐怖を、怒りを、悔しさを。
お前は知らないだろう。
如月の辛さだって……お前は知らないだろう。
俺にだってわからないんだ。
でも……でもきっと、人に直接的に害を与える奴が、この世の中では一番の極悪非道人なのだろう。
なんで、殴ろうなんて思ったんだろうな。
何がしたかったんたろうな――。