交錯白黒
教室のドアを開くと、鼻先に冷気が触れた。
太陽の日差しやアスファルトから立ち上る熱気による灼熱地獄で疲弊した体が、ゆっくりと回復していく。
席につくと準備しておいたタオルで噴き出る汗を拭った。
全く、こんな状態で秋は来るのだろうか。
「くすくすっ、何あれ……」
「女王様たるもの、お召かしは必要ってことじゃない?笑えるくらいお似合いだね」
面倒臭ぇ。
只でさえ入院生活からのブランクでこの異常気象の高温に順応できないのに、更にうざったいものが増えられては慣れるものも慣れられない。
「ま、あの子顔と頭だけはいいからね」
「え、見たことあるの?」
「夏休み中にあったお祭りにいたよ?浴衣なんて来て、ニコニコしてた。気味が悪い。そんとき前髪上げててさ」
「えーっ、激ブスだと思ってたのにー」
「顔はともかく、性格はね」
目撃者がいたのか。
ならば、私が意識している以上に注意しなければならないな。
不意に、橘くんが心配になった。
「おはよう」
冷気と悪意が蔓延する空間に、その邪に満ちた視線を攫う煌びやかな声が私に向けられた。
麗華だ。
「おはよ」
私は間抜けな傍観者たちのどよめきに笑いを堪えながら、無表情を何とか保ち挨拶を返した。
「天藍、髪切ったんだね。あんた髪めっちゃ綺麗だから下ろしてるの、似合ってるわよ」
「ありがと。ただこれが暑くってさ」
「あー、わかる。あたしはね……」
そんな取り留めの無い話をしている周りでは、驚愕と奇異の、蔑むような視線が迷走していた。
「どゆこと……?」
「わかんない」
「麗華も何か変わった?」
「だよね……一人称『あたし』になってるし、如月さんのこと下の名前で呼んでるし……」
皆、どう対応していいか困っているようだ。
そこに、更に状況を混乱させてくれるであろう男が現れる。
ガラリ
「……あ、橘。おはよ」
「お早う……高田、如月」
低くてよく通る声に盛大に心臓と肩が跳ねた。
ドクドクと痙攣でも起こしたかのように激しく蠕動する。
「お、はよ……」
生々しく蘇ってくる温もり、少し開いた唇から出入りする柔らかな吐息、尖った喉仏、硬い体。
一人で思い起こされた出来事に赤面した。
「待って待って、今麗華橘って呼んだ?」
「橘も如月さんと話してる……!?」
「えぇ?ホントに何があったの?」