交錯白黒
その一言だけ置いて離れていく瞬間に、ジャスミンの香りが鼻を擽り、またドキンと心臓が跳ねた。
まあ、ということがあった訳だ。
全く、心臓がよくないことを利用してこちらを殺す魂胆なのだろうか。
それならば彼らの企ては極めて順調に進んでいる。
その後、病院には何事も無かったかのように帰れた……なんてことは無く。
見回りの看護師さんが私がいないことを見つけ、院内はそこそこの騒動になったようだ。
うちの病院のお偉いさんというお偉いさんからこっぴどく叱られた。
だが、そんな迫力あるであろう説教の内容も覚えていないくらいに、私の脳内は動揺で一杯だったのだ。
だから、橘くんと二人きりのとき。
ふとした瞬間に目が合ったとき。
ふとした瞬間に指先が触れ合ったとき。
爽やかな甘さのジャスミンの香水の匂いがしたとき。
私がどんな気持ちだったか、知ってる?
灼ける程に体が熱く火照って、心臓が縮んだように締め付けられて、抉られるように痛んで。
君に近づきたいけど、遠ざからないといけなくて、その正反対の欲望のせめぎ合いで。
……「俺は、クローンなんだよ」
ねえ、君はさ。
正義感が強くて、優しいからさ。
嘘が、嫌いだよね、きっと。
わかってるよ。
君じゃなくても嘘が嫌いだから、君は尚更嫌いだろうね。
だから、ごめんね。
私は君みたいに優しく、正義感の強い人間じゃないから。