交錯白黒
彼女は酷く迷い、苦しんでいた。
目は慌ただしく泳ぎ、小さく開いた口から漏れ出る呼吸音も荒い。
年端も行かぬこの少女に、神は一体どれだけの重荷を背負わせるつもりなのだろうか。
今まで不幸を被ってきた数も、大きさも、きっと同年代の少女達とは比較にならないだろう。
故に、精神状態だけが先駆けして成長して、周りとは少し違う感性を彼女は持っているのかもしれない。
初旬あたり、天藍ちゃんが体に傷や痣をつけて家へ来ることが多くなった時期があった。
おおよそ琥珀が脅し文句に使用していた「タカタ」という人物を中心にイジメでもされていたのだろう。
そして二人の反応から見て、そのタカタという人物は、父の友人の娘。
クローン作成主犯格の娘だ。
今現在、どのような関係かは知らないが……「レイカ」と呼んでいたところをみると、良い方向にしても悪い方向にしても、距離が近づいていることは明白だ。
彼女が躊躇うのも無理はない。
天藍ちゃんは未だ言葉を発せずにいる様子だ。
ここで背中を擦るなり、頭を撫でるなりすれば彼女は安心してくれるかもしれないが、それをすれば本心を言ってくれなくなるかもしれない。
人は、安堵しすぎると言葉なんて出ないときがあるから。
酷に見えるが仕方が無い。
本当に神は不平等だ。
だからこそ、神はいないのかもしれない。
一度にこれだけの苦痛を彼女に与えてどうなるというのだ。
いくら彼女が強くたって、目の前で選択に怯え、震える様子は、か弱い少女と何ら変わらない。
幼少期より、生家と引き離され、病に伏し。
周囲との大きな違いに苦しみ、心が速く成長しすぎて、再び苦しむ羽目になり。
今現在は、父親と対面したかと思えば目の前で自殺され、育ての母は真実を話してくれず、友人、いやそれ以上の仲間だと思っていた男二人が兄弟だと告げられ、その上その二人に決断を迫られる。
こんな大きく重いものを、目の前で萎縮する少女に託すというのか。
理不尽だ。
そんなもの、耐えられようか。
僕には無理だ。
だから、その荷物を少しでも軽減できるように、僕等はまだ天藍ちゃんと一緒にいたい。
彼女が、珊瑚のように神の気まぐれに捻りつぶされないよう、支え、守っていかなければならない。
勿論相当怒ってはいたが、そういう優しい意図もあっての、琥珀の発言だろう。
怒っている間に、誰かへの配慮ができるなんて全く、大した奴だ。
「……そう、だよね」
長い前髪の隙間から覗く切れ長の、琥珀によく似た瞳は、凪の海のように澄んでいて、揺らいでいなかった。
強い覚悟が、夜闇を貫いた。
「……私、頑張ります」
琥珀がやっとこちらを振り返ったかと思うと、突風が吹き、彼女の艶めく美しいセミロングの黒髪が煽られる。
表情を一切変えない琥珀に、僕は彼がクールぶっているのだと、そう思っていた。
ツンデレだ、なんて心の中で微笑みながら。