交錯白黒
「親御さん……お母さんは?」
高田さんのお父さんことを思い出して敢えて言い直したが、余計な一言だったかもしれない。
「母は今日当直で……当直の日はいつも家には帰ってきません。仕事場の仮眠室で寝て、また明日の業務にうつるみたいです」
「そっ、か……」
普段なら警察に通報するのが一番良いのだろうが……下手な護衛でもされたらひとたまりもない。
「音声録音してたりする?」
「いたずらだと思って……」
彼女は申し訳なさそうに瞳を伏せて首を竦めた。
「あ、でも、会話の途中で変な音がしたんです。何かと何かがぶつかったような、ポン、という音」
「あ、ああ、そっか」
だが、いくら手掛かりが見つかったって野の程度のもので、証拠も無いなら尚更、警察が本気で取り合ってくれる可能性は低い。
警察も忙しいから、イタズラの可能性が高いものにいちいち付き合ってはいられないだろう。
危険な遊びに酔いたいが為、麻薬を摂取するように警察を揶揄う人が後をたたないから、本当に助けを求めている人までに疑念を持たれる。
僕にはどうもできないが、本来信用できるはずの警察官まで狐疑逡巡しなければならない世の中を作った考え無しに心底、怒りとも呼べない暗黒の気持ちを抱く。
「警察……通報する?」
「……嫌、です」
嫌、とはどういうことだろう。
普通だったら、お願いします、か、脅されてるのでいいです、とかいう返事が返ってきそうなものだが、彼女のあの言い方だと、警察自体を拒否した。
つまり、警察に何らかのデメリットがある、ということなのだろうか。
「嫌?」
僕でも気づくということは、琥珀が見逃す筈もなく、鋭い眼光で相手を仕留める。
高田さんは琥珀の反復で自分の発した言葉を認識したように、遅れて驚き、すぐに口元に手を当てた。
「いや……あの、これは、その……」
黒目をしどろもどろとさせ、何かを咀嚼するように口をモゴモゴさせると、きゅと唇を引き結んで黙り込んだ。
やがて、決意したように唇を開く。
「私の父のこと、知りたい、んですよね?」
真摯な光には傷が垣間見えて、痛々しくも眩く、どちらにしろ直視するのは困難に思われるような清廉な瞳だ。
僕は、彼女の覚悟、そして恐怖の大きさ、彼女の心中を何となく察して頷いた。
「……わかりました。私が知っていることはお話します。橘と天藍には借りがあるんで」
彼女は息苦しそうに不敵な笑みを浮かべた。
僕は何があったのか知らないため、小さく首を傾げて彼ら二人のどちらかが言葉を発するのを待った。
何があったのかは物凄く気になるが今は我慢だ。
後で聞いてやろう。