交錯白黒
「でも、時間大丈夫ですか?」
「え?高田さんこそ、今夜一人で大丈夫なの?」
僕がそう聞くと高田さんは口を開けた状態で硬直し、くくっ、と琥珀の抑えた笑いが響いた。
「ねえ……橘のお兄ちゃんってさぁ……」
高田さんがはぁ、と溜息混じりに机に肘をつき、掌に額を載せる。
僕は何かしたかな、と一点の汚れもない白い机に視線を落とし、腕を組んで考えた。
「コイツ、無自覚なんでな。許してやってくれ」
琥珀が長い指と掌で緩んだ口元を隠すように覆うが、普段が鋭いだけにゆるゆるの瞳は笑っているのが一目瞭然だ。
「いいですよ、家に泊まって。その代わり、ちゃんと守ってくださいね?」
ニカッと白い歯を見せ、照れたような笑顔が彼女の第一印象よりもずっと幼く、愛らしかった。
僕は心臓の高鳴りを感じながら、彼女の言葉を反芻し、とんでもないことに気付いてしまう。
彼女と琥珀の態度にも納得がいき、心臓の鼓動は甘いものから軽く早いものに切り替わった。
「や、あの、さっきのは泊まりたいとかそういう意味じゃ……!」
「言い訳なんて聞きたくないですよ」
「そうだぜ。余計変態ぽくなる」
ニヤニヤした感じで言いくるめられ、僕は耳の先まで燃え上がりそうな気持ちで大人しくした。
「天藍いないけど、いいの?」
「いいよ。あいつ今どこにいるか知らねぇし」
「痴話喧嘩?」
「誰とだよ」
「橘に決まってんじゃん」
「何でだよ」
はっ、と琥珀が鼻で笑って高田さんの追撃を交わしたが、どうやら彼女はそれすら見透かしているように意味有りげに微笑んだ。
僕らを揶揄うことを余程楽しんだのか、彼女の顔色が幾分よくなり、桃色さえ差しているように見えるくらいになっていた。
「ま、いいわ。じゃあ、話すわよ……私の父、そしてその死について」
電灯の無機的な冷徹な光が彼女に降り注ぎ、包み込んで、どこかに攫われてしまいそうな気がした。
でも、そんな僕の心配も要らないくらいに、彼女の視線は揺らがず凛としていた。