交錯白黒
「0919081705250320、だな」
「そ。そゆことよ。でも……橘くんには悪いけど、データ、消したわ」
「は?」
予想だにしてなかった言葉で、思わず語気が強まる。
その上、如月があまりにも淡白に告げるので俺の怒りが火の粉を吹いた。
「千稲ちゃんのことを世間に広めるのは嫌なの。骨だって掘り起こされるかもしれないし、恋藍が誹謗中傷を受けるかもしれない。亡くなった人、それも散々苦しんで苛まれて亡くなっていった人をこれ以上苦しめる訳にはいかないわ」
如月からすれば、実の母親を守りたいのだろう。
自分に危害が加わらないよう、工夫を張り巡らせて亡くなった自分の母親に、せめてもの恩返しをするべく。
だがそれは、俺からすれば到底容認できないものだった。
「俺はずっと……憎んできた。俺を作った奴らを監獄にぶち込むことを考えて、この調査だってやってきた。俺は、俺の、俺達の人生を滅茶苦茶にした奴らを赦しはしない。時間はどうやったって償えないんだ。報いを受けるべきだ」
わかって貰えないことのもどかしさから、つい攻撃的な言葉を選んでしまう。
何故わかってくれないんだ。
当初の目的は同じで、お前も大きな被害を被った一人だろう。
何故、我慢できる。
「でもそれの中心にいた人たちは何人生きてる?高田華斗の父も、高田華斗も、橘珊瑚も死んだ。恨む人なんてもう数えるほどしかいないわよ?そんな人たちのために善人が好奇の目に晒されるなんて耐えられないわ」
まさかここに来て、凹凸が噛み合わなくなるとは。
俺はどうしようかと思考を回す。
強行突破でもいいが、それはあまりにも男らしくないし、何よりもう一度如月に恐怖を植え付けてしまうかもしれない。
却下だ。
瑠璃を呼んでどちらがより正当か判断してもらうのはどうだろう。
瑠璃は気を使いすぎてどっちつかずになりそうだ、却下。
俺も向こうも少しずつ妥協してどちらにとっても好都合になるようにすればいいのだが、それを見つけるのが中々……。
ドサッ
「……っ!如月!!」
紙が盛大に舞い、鈍い音がしたかと思うと、華奢な影が倒れた。
駆け寄り抱えた肩は柔らかくて、悪意に簡単に捻り潰されそうである。
「如月!如月!!」
顔面蒼白で息も細い。
まさか、心臓病の発作か。
待て、行くな。
何でこんなところで。
俺はまだお前に伝えてないことが――。
救急車を呼んだスマホを放り投げ、小さな温もりをぎゅっと抱き締めた。