交錯白黒
「……まあ、俺、泣いちゃうかもしんないから、固っ苦しいお礼はこんくらいにしておいて」
遥斗の丸い瞳がくっと細くなる。
「……全部、話してくんない。千稲と、天藍姉の、秘密」
瞳の中で四散していた光が一束に集結し、俺の胸を深く突いた。
ズキン、と癒えることのない心臓の傷が疼く。
脳がハンマーで殴られ続けているかのような衝撃が継続して襲った。
「琥珀兄、体調悪い……?」
「いや、大丈夫だ。それで、実は……」
これ以上膿んだ傷を抉りたく無くて、逃げるように事実を羅列した。
そのせいでどういう順序で、どのようにこの少年に伝えたか朧気で何も覚えていない。
気づけば少年は栗色の髪を揺らし、眉根を寄せて唇を噛んでいた。
「これ……母さんもグルだってことか……?でも母さんは、水樹さんと不倫してて……」
自分と自分の彼女のことに触れまいとして敢えて何も聞かなかったという意図が手に取るようにわかる。
「それは違います」
サイボーグのような人間味のない声だが、言葉の隙間に挟まる荒い呼吸は人そのものだった。
俺と遥斗は振り返る。
いたのは水樹さんだった。
「み、水樹さん!?」
俺も正直驚いた。
何故なら、今この瞬間まで、彼は行方知れずだったから。
「すみません。どうしても伝えておきたかったことがあるのですが、警察が優秀なので暫く身を潜めていました」
どうやら彼の言葉は本当のようだった。
スーツ姿ではあるがところどころ破けていたり、解れていたり、泥やら葉っぱやらで汚れていたり。
髪もボサボサで、離れていても独特な臭いが鼻を突く。
「そんな顰めっ面しないでください。少し話したら警察に出頭するので」
表情の変化が乏しいため、冗談めかしく言っているのか、本気なのか皆目わからなかった。
「まずは遥斗くんの誤解を解きましょうか。何故私と櫻子先生が不倫していると思ったんですか?」
遥斗は叱られた子供が言い訳するように目をキョロキョロさせて早口になりながら理由を述べた。
「それは……親密そうに話していたし、その、たまたま『大事なお話があります』っていう文言を聞いて……。母さんも夜中、誰かとコソコソ会ってるみたいだし」
「なるほど。恐らくですが、誰かと会っているというのは、琥珀くんのお父様ではないでしょうか」
確認するように視線を送られ、俺は頷く。
如月が、いつかそう言っていた。
中々会えない愛娘の成長を見るために、そしてこの事件の隠蔽工作が崩れ落ちないように状況を確認するために。