交錯白黒
周りが暗すぎて、苦しすぎて、その小さな幸運に目を向けられなかっただけなのだと思う。
俺の命は、ゴミじゃない。
俺の人生は、クソじゃない。
そう、胸を張って言いたい。
「……そうですか。それなら安心しました」
一欠片も安心してなさそうな平坦な抑揚でそう告げ、俺たちに背中を向ける。
おそらく、警察に自首するのだろう。
「琥珀くん」
ドアに手をかけたところで、思い出したかのようにぽつりと呟く。
「珊瑚さんの日記帳、持ってるんでしたよね。天藍さんから聞きました。それ、最初から最後まで読んでください。それから、僕やその他の研究者を憎んでも、珊瑚さんのことだけは絶対、憎まないでくださいね」
「彼は君達のことを愛していましたから」
冬の冷たい風が俺の目を刺激したせいで、涙が溢れた。
そんなの、とっくのとうに読み終わっている。
それでも俺は親父を憎んでいた。
俺の歩んできた灰色の人生を、誰かのせいにしたくて。
矛先は、親父しかいなくて。
最期まで、憎んで、憎んで、憎みきっていた。
だからこそ、日記帳に毎ページ綴られていた『愛してる』の文字が、荒んだ心に染みてしまって。
偽りだと思いたくて、自分の中で勝手に虚偽にして。
親父、ごめん。
俺は親父を愛すことができなかったけど、愛すべき人が、見つかったから。
背中を擦る遥斗の小さな手が、春の陽のように温かった。