交錯白黒
学生の頃、毎日のように通っていた日本邸宅は、年季を帯びながらも、厳かな雰囲気を失っていなかった。
胸がヒリヒリするので敢えて避けていたということもあって、とても懐かしい。
何度も膝をつけた畳にまた、膝をつける。
「久しぶり、如月大先生?」
頬杖をついて意地悪に微笑した瑠璃さんも、すっかり声変わりしていた。
てっきりあのフワフワした天然マシュマロのまま生きていくのだと思っていたから、少し残念だ。
声が低くなったせいで、第一印象はマシュマロというか、お抹茶みたいだ。
ちょっと何言ってるか自分でもわからないが。
「やめてください。私まだ医師2年目ですよ」
確か、彼も医者になったと聞いた。
瑠璃さんのほうが何年も先輩だから嫌味なのかと疑ってしまう。
「それが凄いってんだよ。医師経験1年で、院長に抜擢されるほどの腕と指導力、リーダーシップ、その他諸々が備わっているなんて、ね。お母様の後釜ってだけじゃなく、ちゃんと試験みたいなものもあったんだろう?」
「まあ、そうですけど……。てか、麗華はいいんですか?あー、浮気ですかね?」
少しニヤニヤした感じで弄ってみるが、弄られ慣れてるのか全く動じずにニコリとブーメランを飛ばしてきた。
「浮気も何も、天藍は僕の妹だろ?」
声変わりで橘くんの声に少し似てしまい、呼び捨てされたことがまた心臓に悪かった。
瑠璃さんも恋藍似の、大きく、黒曜石のような瞳と、褐色の肌は学生時代のままで、健康的な青年にみえる。
「前から気になってたんだけど、お医者さんとか、研究者系?結構毛嫌いしてたじゃん。何でわざわざ医者になったの?」
「それは……嫌いだから、ですよ」
あの悲劇を二度と起こさないために、犠牲者をこれ以上出さないために。
痛みを知っている私が防がなくて、誰が守るというの?
一種の傲慢な正義感からの、ただの気まぐれだ。
「素直じゃないなぁ」
「何ですか」
「いいや?」
「それで、今日急に呼び出したのは何でですか?」
スマホに「今日僕んち来て」の一通だけ、拒否権もないようなメッセージが入っていたのだ。
多忙な中呼び出してきたのだから、それなりの内容なのだろう。
というか、そうでないと私の拳が飛んでくる。
「ああ、忙しい中呼び出してごめんね。君に、どうしても伝えたいことがあって」
まるで告白のような入りではないか、と突っ込もうとしたが、彼のただならぬ雰囲気が私の揶揄いの口を閉ざした。
「驚かないで」
真剣な光が空気をピリつかせる。
「琥珀が……生きていた。この8年間、ずっと」