交錯白黒
右手はまだ掴まれたままで、項垂れた手首の黒い影が落ちる。
倒されたときの衝撃で、長くした前髪は2つに割れた。
目の前には、オレンジの光の逆光で、怪しさが醸し出された笑みを浮かべる知成さん。
オレンジ色の光は、知成さんの髪に差し込み、傷んだ金髪にはちみつのような輝きを持たせ、光の粒で潤していた。
「捕まえた」
そうやってにこやかに笑う。
……何か、この状況、前にもあったような。
そう思った途端、ドクン、と心臓が跳ねた。
――橘くん。
重なった、完全に。
持った性格や顔立ちはあまり似ていないけれど、こう、纏う雰囲気が、一瞬だけ。
実は、これまでにも何度かドキッとすることはあったのだ。
誰かの顔と重なって。
……それがまさか橘くんだとは思わなかったけど。
その瞬間はいつも、心臓に杭を打ち込まれるように深い鼓動で、それでいて何かを抜き取られたかのように物足りない。
それは重なった人間が誰だかわからなかったからだ。
でも、どうして?
「ん?顔怖いよ」
ぐーんと顔を近づけられ、息までも感じ取れそうな距離だ、いつもなら鳩尾に一発入れているところだったのだが。
長い睫毛に縁取られた大きく丸い瞳はいつも通りうるうると濡れていた。
だけど今にもその瞳が歪んで、何かが粒となって私に落ちてきそうなのだ。
……何か伝えようとしてる?
バン!
大きな破裂音が部屋を突き抜けた。
「あ、……まら姉?」
「は、遥斗?」
「おい!天藍姉から離れろ!この不審者め!」
ととととと、と軽い足音がしたあと、ぽす、という間抜けな音がした。
「ん〜ん〜ん〜!」
僅かに知成さんの体が揺れているので、どうやら遥斗が押してるようだ。
私も知成さんも、笑いをこらえるのに必死で、鼻から変な音が抜ける。
いつもクールな遥斗だから、余計に可笑しい。
「笑ってるのか、天藍姉!?」
知成さんは小さく微笑み、遥斗が力を緩めたタイミングを見計らって、私から離れ、遥斗を持ち上げた。
「これが不審者に見えるのかい?は、る、と、くん?」
私は、小3といえど軽いとは言い難い遥斗を軽々持ち上げる知成さんにぎょっとしながら立ちあがった。