交錯白黒
「天藍!!」
いつもの声とは全く質の違う、切羽詰まった声が響いた。
橘くんの胸から顔を上げ、その声の主に心臓がなる。
「あんた、何馬鹿なことしてるの!自殺未遂ですって!?」
「お母さん……」
橘くんの私の背中に回す手に、少し力が入る。
どう怒られるんだろう、なんて案じていると、その華奢な体が私に飛び付いてきた。
「わっ、ちょっ……お母さん?」
「バカバカバカ!天藍のバカよ!心配ばっかりかけて、親不孝な娘!」
厚化粧が崩れるのも気にしないで、水晶のような涙を流す母。
ぎゅうっと抱きしめられると、ぽっ、と心に火が灯ったように温かった。
いつの間にか橘くんは離れている。
「遥斗と全く同じこと言ってるんだけど……」
泣きながら笑う、そんな矛盾した表情を自分がしていた。
「あんまり構ってあげられなくて、ごめんね。放ったらかしにしていて、ごめん。遥斗の世話、押し付けてごめん……」
「急にどうしたのよ」
「あなたには、あんまりお母さんらしいこと、できなかったから」
初めて打ち明けられた母の思いに胸を打たれる。
そんな風に考えていたなんて、想像もつかなかった。
勝手に冷たい親と認識していた自分を恨む。
「あなたを、死なせるわけにはいかないの、あの子との約束……」
まだ何か言おうとする母の口を手で塞ぐ。
「もう、いいよ」
いつの間に母の身長を抜かしたのだろう。
母が上目遣いで私を見ると、目の下の青黒い隈が目立った。
「一杯迷惑かけてごめん。もう、無理しないでいいよ」
「天藍……」
「私より、遥斗に構ってあげて」
「……ごめんね、ありがとう」
母のパサついた髪の毛をとん、とん、と撫で、母と別れた。
「……天藍ちゃん」
「瑠璃さん」
消防隊員はもう撤収したようだ。
「ごめんなさい、沢山迷惑かけて」
腰を折り、心から謝った。
顔を上げると、瑠璃さんは悲しいような、嬉しいような、不思議な表情をしていて、少し驚く。
「もう、死のうとしないでね。僕らには、天藍ちゃんが必要だから」
それはもう、痛いほどにわかった。
私が死のうとすることで、こんなにも多くの人に迷惑がかかって、これだけの涙が流れるなんて、思いもよらなかった。
「……はい」
「ところで、怪我、大丈夫?」
「え?」
言われて意識すると、電流が走ったように痛みを感じるようになった。
今まであんなに暴れていれたのが、とても不思議だ。
「痛ぁ……!」
「あは、やっぱそうだよねー」
「もう、笑い事じゃ」
「あ、そうそう」
最後まで人の話を聞け、と突っ込む気力もなかった。
怪我して怒って泣いてしていたら、もう体力も限界に近い。
「琥珀さー、かっこよかったでしょ」
ニマニマと何かを期待しているような表情で私に問う。
「……え?」
「だってさ、天藍ちゃんをキャッチしたり、ハグしたりさー。いつもの琥珀じゃ考えられないよー。よっぽど焦ってたんだろーね」
きししっ、と気味の悪い動物のような笑い方をする瑠璃さん。
そう言われればけっこう恥ずかしいやり取りしてたような……。
燃え上がるまでに体が火照り、そして気づく。
私、あんなに橘くんが怖かったのに、どうして、あのときはすんなり近づけたんだろう?