交錯白黒
でも、怖いだけじゃなくて、優しいところもあることを知って……トクトクと心臓が鼓動を速める。
温かくなるような、でも、締めつけられるような。
それはともかく、交通事故の怪我は割に軽ったようで、すぐ退院できた。
事故のことは、詳しく聞かされていない。
瑠璃さん曰く、「気にしなくていいよ」とののとだったが、私はそもそもそんなに気にしていないので、どうでもよかった。
流石にその退院してすぐは至るところに傷跡やら包帯やらがしてあったため、高田さんたちも遠目からヒソヒソしているだけで、身体的被害には遭わずに済んだ。
まだ少し後悔のある、千稲ちゃんの死に比べればあんなもの、赤子の平打ちに等しい。
「こんにちは、お邪魔します」
ガタつく引き戸を力いっぱい押し、玄関にはいると、そこにある鏡をお借りして、暴力を受けた痕跡が残っていないかチェックした。
二の腕のあたりから赤い痣が見えたが、このくらいならどこかにぶつけたとでも言えば誤魔化せる。
他には問題がない、と確認するといつも勉強を教えてくれている、いや、勉強させられている部屋へ歩を進める。
ノックをしたが、返事がない。
襖を開くと、そこには雨雲に染められた空間があった。
いつもは、瑠璃さんか橘くん、どちらかは正座してシャープペンを動かしているのに。
どうしようか、とまごまごしていると、肩に重みがかかり、後ろを振り向く。
「あ……お邪魔してます」
「いらっしゃい。さ、どうぞ」
瑠璃さんはニコッ、と晴れるように笑い、その流れるような手付きに促され、畳を踏んだ。
周りが暗いので少しゾッとしたが、柔らかい笑顔が目の前を埋めて安心した。
「琥珀は?」
机で準備を整えながら、瑠璃さんが尋ねる。
「見てないです」
「えー、一緒に帰ってくればいいのに」
からかうような笑みを目に含み、頬杖をついて私を見てくる。
本当にこの人は鈍すぎる、私達の仲があまりよくないことくらい、一目瞭然ではないか。
「本気で言ってますか、それ。だとしたら精神科に行くことをお勧めしますよ」
「今日なんだかいつもよりツンツンしてるねー、何かあった?」
つかめないくらいフワフワした口調で、私に聞いてくる。
……そういうところ!
なぜイラッとしたことに気づけないのだろうか。
私は偏頭痛がしてて、うまく自分を制御できていないんだから、変なスイッチを押さないでほしい。
「怒りんぼさんはいけないよ〜?」
白い人差し指で私の前髪に隠された額をつついた。
そこで私は半ギレくらいになる、はずだった。
それができなかったのは。
「線香……」
いつもは橘くんと同じ香水の、ジャスミンの匂いがするのに今、微かに線香の匂いがしたのだ。
「え、何で分かったの?」