交錯白黒
「線香の匂いがしたので」
「嘘!?もしかして、いつも僕臭う!?」
腕や服をくんくん嗅ぎ回り、終いには部屋を飛び出し、香水を持ってきてふりかけ始めた。
充満する、甘くも爽やかなジャスミンの香りにむせる。
ズグンズグン、と頭痛も加速してきた。
「……ちょ、瑠璃さん、それくらいにしといてください……」
「でも〜」
臭いんでしょ、とでも言いたげに眉を八の字に下げる瑠璃さん。
「人の話最後まで聞いてください!臭いなんて言ってません」
「良かった〜!」
本気で安心したようで、私から見ても筋肉に込められた力が抜けていくのがわかった。
「……僕の母は、僕が幼い頃に亡くなってね」
僅かに首を前傾にし、長い睫毛が瞳を陰らす。
雰囲気の変わりように、シャーペンを持つ力がぬけた。
「僕は母の顔を知らないんだ。もちろん、琥珀も。父親に育てられたんだけど、その父が、琥珀似でね、中々不器用で困ったな〜」
懐かしむように目を細め、窓の外の雨粒が水晶体に映った。
「……だから、線香」
「……そゆこと。今日が命日なんだ。お墓参りは、学校があったから行けなかったけどね」
捨て子かシングルファーザー、どちらが不幸か、私には判断できなかった。
する権利がなかったのかもしれない。
"円満な家庭で育ってきたから"
橘くんに恐怖を抱き始める直前の言動を、少し申し訳なく思った。
橘くんが怒ったのは、これが原因なのか。
だが、橘くん程の冷徹人間がこの言動で怒るのだろうか。
シングルファーザーなど、世の中みれば溢れている。
怒らせた原因は別にあるのではないか?
別に謝りたいとも思わないが、借りがあるので何かの役に立つかなと思っただけだ。
「……お父様のご職業は?」
「doctor」
癪に触るくらい発音のきれいな英語で言い、人差し指を左右に振る。
「私の母と一緒ですね」
そこまで声に出し、あることに疑問を持つ。
「でも、それなら何で瑠璃さんの弟さん、」
瑠璃さんが言っていた「お世話になっている僕の弟」、それは橘くんのことなのだ、と今更ながら気づく。
月日が経ち、私のコンディションが最悪であったため、鮮明には思い出せないが、病院で遭ったとき、橘くんは検査着を着ていたような気がする。
「橘くんは、何でうちの母が診てるんですか」
「ああ、それはね、僕の父は医者というより研究者に近いからだよ」
一瞬、火を噴いた。
赦してはならない、絶対に。
ねっとりとした溶岩が熱さをそのままに、言葉を送り出す。
「何の、研究者ですか?」
「えっと……確か、DNAとか、遺伝子系のことを研究してる」
自分の目が赤く光るような気がした。
「怒ってるの?」
「ええ。その手の研究者が嫌いなので」