交錯白黒
人の父親を侮辱するのは気が引けるが、このときは制御できなかった。
母と、同じ罪を隠しているのかもしれないと。
完全な憶測であり、身勝手な理由である。
でも。
「僕も苦手だなー……」
苦いものを食べたように赤い舌を出して顔をしかめる様子に火が鎮火した。
「その研究をしている人全員が苦手な訳じゃないけどね」
その歪めた目に、哀しみ、嫉妬、そしてそれを壊さんばかりの黒い怒りが浮き出ている。
私の散らばった火花が結びつき、巻き込んでしまいたくなった。
「もしかして――」
トン
「ただいま」
飲み込もうとした火花の勢いが消え、弾けて雨音に消された。
デジタル時計が、6月22日午後6時23分から24分へと変化した。
「……なんだよ、ここ、葬儀場かよ」
不快そうに眉を寄せる橘くん。
髪から滴る雫が、肩にかけたタオルを、畳を湿らす。
「勉強してたんだから、静かなのは当たり前だろ?どうして急に阿呆になってんだよ。濡れたならシャワー浴びてこいよ」
瑠璃さんの繕いは既に見抜いたように私を見つめ、しばらくして諦めたようにため息をついた。
「阿呆はお前だ。俺は制服じゃねぇだろ。濡れてんのは髪だけ。シャワー浴びてきたあとってことくらいわかるだろ」
「あ、ホントだ〜」
わかりやすすぎる相槌に空気が重くなる。
どうすればいいかわからなくて私はシャーペンを持って勉強の続きをした。
すると橘くんもカバンから勉強道具を出し始め、肩にかかるような重い空気が少し軽くなる。
「お前これ」
沈黙を一番に破ったのは、橘くんだった。
「わ、ありがとう〜!」
瑠璃さんが小さな長方形の箱を受け取り、ぱあっと顔を輝かせる。
それを開けると、白く丸いものを取り出して、それと一緒に水をあおった。
「助かったよ〜結構限界だったんだよね〜。ありがと〜」
「うるせぇ、帰りにたまたま寄っただけだ」
瑠璃さんの本気の感謝の顔にぴくりとも反応せず、真顔で教科書を起き、あぐらをかいた。
「……もしかして、偏頭痛ですか」
「そうそう、僕酷くってさ〜。薬飲んでないと頭割れるよ」
頭痛薬は、飲んだことがない。
私の偏頭痛も重い方で、酷いときには嘔吐してしまう。
飲んでみたい気持ちが先走り、それを凝視していた。
見ていても、治るわけがないのだが。