交錯白黒
光より速いんじゃないかと自負したくらいの速度でそこを退き、今度こそ帰らせてもらうことにした。
湿気でしっとりとした頬が熱い。
「じゃ、さよなら……」
「お前、待てよっつったの聞こえなかったのか」
「え」
濁点つき。
「ちょっと聞きたいことがある」
「え、無理」
もう、心臓がもたない気がするから。
「お前に選択させてねぇ、強制だ」
濡れた髪の隙間から、強い意志の光る瞳が覗き、私の足はかくん、とゆっくり折れた。
「お前、幼少期の写真とか、ねーか」
尋ねられたことが予想の斜め上を射抜き、拍子抜けする。
「家に帰ればあるかも……」
「これ、見ろ」
突き出されたのは、いくつもの染みやシワができた写真だった。
そこには、1人の少女が写っていた。
12歳くらいの、唇の下のほくろが特徴的な、とても見覚えのある。
「私?」
前髪も短く、口元は緩くカーブしているため、一瞬誰かわからなかった。
「やっぱりか」
唇に薄い笑みを浮かべると、その自信に満ちて歪んだ瞳をそのままにらんらんと続けた。
私はというと、その表情を……妖艶で、少しでもカッコいいと思ってしまった自分に赤面していた。
「これは、うちの親父が持ってた。日記に挟まってたんだよ。それがこのページだ」
そのページには、ただ一言だけ、"罪を償いたい"
「糊付けされてた跡もあるし、この写真がこの言葉と関係があるのはほぼ確定だろうな。ただ糊の跡から見ると、もう二枚くらい貼ってあったぽいな」
……どういうこと?
「俺はお前と同じであの手の研究者が大っ嫌いだ」
「何でそれを……」
全て言い終わる前に手で制され橘くんにしては異常なまでに饒舌に話し出した。
「たまたま聞こえちまったんだよ。そんなのどうでもいいだろ。とにかく、俺は親父が嫌いなんだ」
濡れたように光っていた瞳が、一気に赤く燃え上がった。
「俺は、親父の犯した罪を暴きたい」
……え?
「お父様、何か罪を犯したの」
「ここに書いてあるじゃねぇか、『罪を償いたい』って」
「でもそれだけじゃあ……」
「俺はアイツのもっと大きな罪を知っている。それを暴こうとしてきたが、どれだけ調査しても証拠が出てこないんだ」
「例えば、どんな罪?」
「……今は、言わない」
詰まったような声が苦しげだったので、それ以上は問い詰めなかった。
無理に吐かせたって意味がないし、私に得もない。
「じゃあ、また写真持ってくる。お邪魔しました」