密かに出産したら、俺様社長がとろ甘パパになりました~ママも子どもも離さない~

「い、いえいえ、全く知らない人です。ええと、佐古田さんが海老ドリアと食前にメロンソーダ。稲垣さんがナポリタンと食後にアイスコーヒーですよね」
「おいおい、色々逆だよ雛ちゃん」
「動揺していますね雛子さん。確かにあの方、すごい美形ですもんね……」

 稲垣さんが丸まった猫背を伸ばし、遠巻きに玲士を観察する。私はこれ以上ツッコまれたくなくて、慌ててふたりの席を離れる。

「すっ、すみません! すぐ用意しますのでお待ちくださいね!」

 急いでカウンター内に駆け込んだ私は、思わずしゃがみ込んで身を隠した。胸に抱いた丸盆が、バクバクと鳴る心臓で小刻みに上下する。

 なんで……? なんで玲士がこの店に?

 軽くパニックに陥る私を、傍らに立つ兄が怪訝そうに見下ろす。

「どうしたんだよ雛。あのお客さんがなにか?」
「……父親、なの」
「えっ? まさか」
「そう。煌人の……父親」

 状況を察した兄が、私に代わってカウンターを出ていく。

 私はしゃがんだままそうっと首を伸ばし、兄が玲士をテーブル席に案内し、言葉を交わす様子を見ていた。声は聞こえないが、ふたりとも和やかな表情である。

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