密かに出産したら、俺様社長がとろ甘パパになりました~ママも子どもも離さない~
「雛ちゃん……あんま、意地になんない方が」
「なんですか意地って! 私は煌人のために最善の道を選ぼうとしているだけです!」
私は佐古田さんの言葉を跳ねのけるようにして言い、立ち上がってテーブルを片づけ始める。しかし、玲士が空にしたコーヒーカップに触れると、無意識に彼のことを思う自分がいた。
『やっぱりうまいな』
あのとき、ふいに細められた目。かすかに上がった口角。
私の淹れたコーヒーを誰より愛してくれた彼の、お決まりの表情だった。あの頃、そのやわらかい微笑みが大好きで、カップを傾ける彼のことをいつまでも眺めていられた。
……でも。それは、あくまで過去の話だ。
私は小さく首を振って、玲士のカップとソーサーをお盆に載せる。そしてテーブルを拭くと、気持ちを切り替えカウンターの中へ戻っていった。
兄には仕事の合間に、「プロポーズされたけど、断るつもり」とだけ説明した。そのとき兄は「そっか」と言うだけで、深く追及してこなかった。
優しい兄のことだから、私の意思を尊重してくれているのだろう。あとは玲士から連絡がきたときに、私が毅然とした態度でプロポーズを断ればすべてが丸く収まる。
そう、思っていたのだけれど――。