【完】今日、あなたじゃない彼と結婚を決めました
女性が男性を軽く小突くと、大袈裟な程大きな笑い声が館内に響く。
どくん、と心臓が跳ね上がった。
――なんて特徴のある笑い声。
あっはっはっはっと漫画のように感情豊かに大袈裟な笑い声。大きな声も相まって、周りの目を嫌でも引いてしまう。
そんな笑い方をする人は、人生でたったひとりしか出会った事はなかった。
後ろを向いていた男性が、女性の方を向く。 大きく口を拡げて、笑う。アッシュブラウンの落ち着いた髪色に、少し襟足が長めの無造作なパーマのかかった髪。
違う。全然違う。確かに髪型はあの頃とは全然違っていて、トレンドを押さえてはいるが落ち着いている。
目を見張るような空色のシャツにダメージの入ったジーンズ。耳にはピアスがいくつか光る。
まさかとは思った。そんな筈はない、とも。けれど真っ直ぐにとらえた視線をどうしても離せない。
ゆっくりとこちらを振り返った。整えられた眉とくっきりとした二重のライン。どんぐりみたいに丸い瞳。
まるでそこだけ時間が切り取られ、心臓が止まってしまったかと思った。まるで虚ろな瞳には何も映ってはいないかのよう。
それがどの位の時間だったかは、定かではない。数秒の出来事だったのかもしれない。私達の間だけ時間が止まったかの様、見つめ合っていた。