【完】今日、あなたじゃない彼と結婚を決めました

「けれど私は傘を失くしてしまうんです。昔から…だから良い物は買わないように気を付けていて。
だってお気に入りの傘を買ってしまって失くしてしまったら悲しいじゃないですか…」

そこまで言ってハッとしてしまった。これじゃあさっき奏と言っていた事と同じではないか。

鮫島課長と私からちょっと離れた先で、奏が傘を選ぶ振りをしながらその話を聞いて笑いを堪えている。

「望月さんはしっかりとしているけれど、ちょっぴり抜けている所もあるから…」

その話を盗み聞きして、奏はその場で腹を抱え声を殺して笑っている。…あいつ。

「それはそうと、望月さん今日はもう上がっちゃいなさい。」

「へ?」

まさか。今日の就業時間までは後2時間ある。

「最近新しいパートさんが入って来たってのもあって、残業ばかりしていただろう。
今日は雨も強くなってくるし、客足も少ないよ。食品売り場も珍しくがらがらになってる。」

「ですが……」

「上がれる時は上がっておいた方がいい。それに上の方から残業の事で愚痴愚痴言われるんだ」

「はぁ…」

すまない。と顔の前で両手を合わせて謝る鮫島課長を前に、それ以上は何も言えなくなってしまった。

別に…仕事をするのは嫌いではないし、残業も残業手当がきちんと付くから良いんだけど、どこかで帳尻を合わせなくてはいけない…と言う事か。

鮫島課長がフロア内に消えていくのを待って、奏が隣に立つ。

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