情熱
商社に勤める貴広はみんなで集まるといつも「そろそろ海外にとばされるかもしれない」と言っていた。
そのたびに彼は里穂に「そのときは一緒に来てよ」と冗談のように言い、おなじみのメンバーである桃子と宗一郎に「一人で行きなさい」と言って笑われていた。
貴広と宗一郎は高校の同級生で、文系の貴広と理系の宗一郎はクラスこそ一度も一緒にならなかったものの、同じテニス部で親しくなり、別々の大学に進学してからも友情は続いていた。
好きな音楽や映画が一緒ということも多かった彼らだが性格は似ておらず、貴広はおもしろいことをよく言って周囲を笑わせるような男で、一方の宗一郎は穏やかで丁寧な男だった。仲間内では、宗と呼ばれた。控えめな彼は知り合ったばかりの相手にはあまり自分のことを話さないが、決して人見知りなどではなく、人当たりもよかったし、親しい人間には冗談も言った。
里穂と桃子もまた、高校の同級生同士だった。
それぞれ違う大学に通い、ジャンルも違う四人が親しくなったのは、単に気が合ったというのが正しいだろう。
きっかけは桃子が貴広と同じサークルに入ったことで、それぞれの友人を交えての交流が始まった。意外なことに誰かと誰かが付き合う、というようなことはなく、ただ集まってテニスをするのにちょうどよく、気楽に何でも話せる仲間だった。
だから、たまにそれぞれに彼氏や彼女ができても、それはそれという感じで、このメンバーの友情というのは社会人になってからも続いた。
慶応の経済学部だった貴広は日本でも屈指の大企業である総合商社に就職し、東工大の応用化学の修士課程を修了した宗一郎は他の3人よりも2年遅く社会に出る形になり、今は企業の研究所でエネルギーや環境に関する仕事に就いている。
桃子はそのコミュニケーション能力の高さや人当たりの良さ、爽やかな笑顔を買われて上場企業である大手食品メーカーで人事をしている。そして子どもの頃から本が好きだった里穂は児童書などを扱う小さな出版社に就職し、少しずつではあったが編集者としてのキャリアを作り始めていた。
異業種の四人が集まる頻度は年に数えるほどだったが、それぞれの仕事やプライベートが充実していくなかで、決して途切れないことがその信頼関係の証拠だった。安心して話せる場所がある、というのは全員が失くしたくないと思っていたはずだ。
だから桃子が職場の先輩と結婚することになったとき、何かが変わることを里穂は恐れた。言葉にはしなかったが、きっと貴広も宗一郎も、少しくらいは何かを感じたのではないかと、里穂は思っていた。
そのたびに彼は里穂に「そのときは一緒に来てよ」と冗談のように言い、おなじみのメンバーである桃子と宗一郎に「一人で行きなさい」と言って笑われていた。
貴広と宗一郎は高校の同級生で、文系の貴広と理系の宗一郎はクラスこそ一度も一緒にならなかったものの、同じテニス部で親しくなり、別々の大学に進学してからも友情は続いていた。
好きな音楽や映画が一緒ということも多かった彼らだが性格は似ておらず、貴広はおもしろいことをよく言って周囲を笑わせるような男で、一方の宗一郎は穏やかで丁寧な男だった。仲間内では、宗と呼ばれた。控えめな彼は知り合ったばかりの相手にはあまり自分のことを話さないが、決して人見知りなどではなく、人当たりもよかったし、親しい人間には冗談も言った。
里穂と桃子もまた、高校の同級生同士だった。
それぞれ違う大学に通い、ジャンルも違う四人が親しくなったのは、単に気が合ったというのが正しいだろう。
きっかけは桃子が貴広と同じサークルに入ったことで、それぞれの友人を交えての交流が始まった。意外なことに誰かと誰かが付き合う、というようなことはなく、ただ集まってテニスをするのにちょうどよく、気楽に何でも話せる仲間だった。
だから、たまにそれぞれに彼氏や彼女ができても、それはそれという感じで、このメンバーの友情というのは社会人になってからも続いた。
慶応の経済学部だった貴広は日本でも屈指の大企業である総合商社に就職し、東工大の応用化学の修士課程を修了した宗一郎は他の3人よりも2年遅く社会に出る形になり、今は企業の研究所でエネルギーや環境に関する仕事に就いている。
桃子はそのコミュニケーション能力の高さや人当たりの良さ、爽やかな笑顔を買われて上場企業である大手食品メーカーで人事をしている。そして子どもの頃から本が好きだった里穂は児童書などを扱う小さな出版社に就職し、少しずつではあったが編集者としてのキャリアを作り始めていた。
異業種の四人が集まる頻度は年に数えるほどだったが、それぞれの仕事やプライベートが充実していくなかで、決して途切れないことがその信頼関係の証拠だった。安心して話せる場所がある、というのは全員が失くしたくないと思っていたはずだ。
だから桃子が職場の先輩と結婚することになったとき、何かが変わることを里穂は恐れた。言葉にはしなかったが、きっと貴広も宗一郎も、少しくらいは何かを感じたのではないかと、里穂は思っていた。
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