情熱
「おめでたいのに悲しいなんて、ひどいでしょ」
初夏に似合う爽やかな香りの紅茶を啜りながら里穂が言った。誕生日プレゼントを渡したくて桃子と二人で会っていたのだ。
「大丈夫、私も他の友達が結婚するときに同じこと思ったのよ。そういうものみたい。寂しいのよね。」
桃子が笑ってティーカップを手に持った。その左手の薬指にはエンゲージリングが光っていた。見たい、とお願いして、つけてきてもらったのだ。
きれいね、と言うと桃子は嬉しそうにした。
「里穂もさっさと結婚すればいいのに」
その言葉に、里穂は困ったように笑った。
「相手探しから始めなくちゃ」
「貴広でいいじゃない。よく海外一緒に来てくれって言っているし。私ね、思うけど、あれは本当に海外転勤することになったら里穂にプロポーズすると思うわ」
「何を言ってるの。貴広にはいくらでも相手がいるわよ。ふざけて言ってるに決まっているでしょう」
「まあ、商社マンだしね。モテるだろうけどね。でもどうかしら。私はあの発言、本気だと思うけどね」
桃子は楽しそうでもあり、嬉しそうでもあった。新しい生活が始まる彼女には、きっとどんなことも前向きに捉えられるのだろうと里穂は思った。
「桃子、結婚しても遊んでね。貴広も宗も一緒に、またみんなで集まろうね。絶対」
結婚式まで1か月という桃子はこれまで以上に明るくて、華やかで、美しかった。そんな彼女を掴んでおきたくて、遠くに行って欲しくなくて、里穂は切実な思いで言った。
もちろん、あたりまえよと言う桃子に安心して、里穂もゆっくりと笑った。
「でもね、真面目な話、里穂は貴広とか、宗とか、昔からの知り合いと結婚したほうがいいと思う」
「なんで?」
桃子の話に里穂は可笑しそうに笑った。
「だって、里穂、そんなに気軽に人と仲良くなったりしないし。新しく誰かを好きになるより、今まで親しくしてきた人とかのほうがうまくいくと思うのよね。」
確かに、里穂は変化が得意ではなかった。だからマンションだって学生時代からずっと同じところから引っ越さなかったし、好きだと思った本は何度も繰り返し読んだ。人間関係にしても同様で、無理に新しい友達を作ろうとすることは一切なく、親しくなった人間との関係を大切にしていた。
「うん、そうね。そのほうが私も安心だわ」
一人で納得して桃子が言った。嫌味なく回りをまとめるのが上手なのだ。
だからこそ里穂と気が合っていると言えるのかもしれない。
何を言っているのよ、と言いながら、里穂は笑った。
彼らにも自分の知らないところでパートナーがいるかもしれなかったし、このままでよかった。友達と、ずっと友達でいられることは、ありがたいことよ、と言おうかなと思ったけど言わずに、言えないままで、一人静かに、里穂は胸の内で思った。