でも、さわりたかったよ
声のする方へ顔を向けると、信号の向こう側にあっくんの姿があった。
傘を肩に乗せるようにして軽快にこっちに走ってくる。
「どこ行くの?」
あっくんの傘は一回り大きく、私をかばうようにそれを前に差し出す。
「よく分かったね?雨、すごいのに」
「遠くからでも真帆だと分かったよ。背が小さくておかっぱ頭で。そんなシルエット、真帆しかいない」
「私しか?」
「うん、そう」
私しかいない。果たしてそうだろうか。
雨で視界が悪い中、あっくんのへにゃりとした笑顔が二重に見えた。
私しかいない?傘を持つ手か少しぶれる。そういえば傘はこれまでどっちが持っていただろう。いや、傘を持っていたのは私で間違いない。本屋への道はこっちだけれど、以前先輩と歩いた道はこっちだっただろうか?信号から歩いてきたのはあっくんで、でも前は違った、あれは誰だった?その時私はどっちの方向に歩いていったんだっけ……?
「――真帆?」
あっくんが私の顔を覗きこみ、はっとして右に視線を向けると、そこに先輩の姿はなかった。
雨粒は変わらず縦にまっすぐ振り下ろされて、傘から大きくはみ出した左の肩がひどく濡れていた。