でも、さわりたかったよ
「先生にクソ怒られたわ」
自転車を押しながら、先輩が頭を左右に振って栗色の髪を揺らす。
彼女はお構いなしといった風に、棒付きのキャンディーをくわえながらかばんをぶらぶらとさせた。
「そこまで茶色くするからだよ」
「はあ?ばか、お前が染めろって言ったから染めたのに」
「あたしは、もっとばれない色のつもりで言ったの」
先輩はため息をつき、坊主にさせられたらお前のせいだからな、とボヤきながら彼女の肩を軽く押した。
「お前こそ、その化粧はどうなのよ」
「知らない。先生は気づいてないんじゃない?親に怒られるけど、あたしメイク好きだから、やめない」
いる?と食べかけの棒付きキャンディーを口から離すと、先輩はぱくっと含んで顔を横に振り、キャンディーは彼女の手から離れた。
「あたし毎月買ってるファッション誌があってね、アキナってモデルがオレンジのリップすんのがめっちゃ可愛いの!」
「ふーん。男には分かんねえな」
先輩はキャンディーを咥えたまま自転車を押して歩いた。
彼女は先輩の横顔をじーっと見上げて、あーあ、と声を漏らした。
「いいね、あっちゃんは。生まれつき睫毛がくるんってしてて」
あたしに分けてほしい、彼女はそう言って肩をすくめて見せた。
「これめっちゃ嫌なの。小学校の時キリンって呼ばれてた」
二つの笑い声が共鳴して、通学路に響き渡る。その後ろ姿と二本の影を、茶色いローファーで踏みしめながら、私は同じ歩幅を保って歩く。