でも、さわりたかったよ
「うーんたしかに、アキナの真似したオレンジのリップは似合ってなかったしねえ」
カチンときて鏡越しに膨れて見せると、あっくんは湿気のないさらさらとした笑い声をあげて私の髪に指を通した。
「嘘、嘘。ばかにしてないよ。僕も、塗ってみた人だから」
姉ちゃんのをね。そう言って、ハサミを毛先にジョキンと入れた。
違和感が無かったから反応しなかっただけなのに「何で黙るの、そうやって気使うのやめてよ」と軽く背中を突かれた。
ジョキン、ジョキン。
耳元で刃の擦れる音が響いて、ぱらぱらと腕に落ちる細かい毛が、ちくちくとむずがゆい。
「真帆に前、話したじゃん?C駅の線路に浪人生が侵入して、自殺しようとしたって」
「ああ、言ってたね」
そう答えながら塾の裏で見たフェンス越しの線路を思い出す。
あちこちの方向へとどこまでも伸びて、平行に交わらない、何本もの線路。
「あれ、僕なの」
さらりとこぼれた言葉が耳の表面を滑った。