でも、さわりたかったよ
「でも、そこまでしたらなんだか笑えてきたの。だって駅員さん超キレて、親にも学校にも言う!って。なのに警官は警官で、おおごとになってないから誰にも言うな、って。笑えてきちゃった。大人ってマジ矛盾してる」
大人、か。
遠い国に生きているどこかの民族を指すみたいに、大人という言葉の意味を思う。
登場人物に大人が出てこない、10代の私の世界。
親や先生なんて背景みたいなもので、たった一つだけ年上の先輩とその彼女の方が、よっぽど尊い存在に見えた。
「世の中矛盾だらけなのに、僕だけ真面目に悩むなんてばかばかしくなって、ふっきれちゃった。男の制服着てバレッタつけて、って矛盾してるけど、別にいいんだって。2年生に上がったら、矛盾した自分を隠さず生きていこうって、そう思ったの」
あっくんは肩を揺らして笑ったけれど、私は決して同じようにはしなかった。
みんな、それぞれの絶望を生きている。
必死にもがいて終わりがなくても、ビリヤードの球がポケットにすとんと落ちるように、どこかに気持ちの落としどころが、ある。
あっくんの体が前に回ってきた。前髪の表面をさささと崩すもんだから、眉間に力を入れて目を閉じる。