急募!ベリーの若様が花嫁を御所望です!

「俺がまた異動になった事は柳谷あたりから聞いているだろう…」

「はい。もうベリータワー勤務じゃなくなったと聞きました。本社に戻られたそうですね」

「……」

池澤の唇が自嘲するように歪んで震える。

「?」

「俺の今度の異動先は…本社総務部…地下倉庫の印刷室だ…」

「えっ⁉︎嘘でしょう⁉︎」

(地下倉庫の…総務部印刷室ですって⁉︎)

そこは社員の間で、別名『肩たたき部屋』とも、『本社の地下牢獄』とも噂されている部署だった。

前職の商社は大手だったが、二年前に亜里砂があんな風にクビになったことからもわかる通り、会長と社長一族のワンマン経営で、社風はかなり古い。

その中で…社内でなにか問題行動を起こしたが、会社的にすぐにはクビにできない社員たち。
コンプライアンス教育が徹底されている昨今の会社では本当に考えられないことなのだが…いや、だからこそなのか…何度も出産して産休を取った女性社員や、セクハラを訴えられた側や訴えた側の社員、病気を患い長期間休職していた社員、男女問わず育休を長期申請した社員など…会社にとって面倒な…肩を叩きたい社員を集めて、自主的に会社を辞めさせるよう仕向けるために作られた部署があった。

そこには各部署に置かれた通常のコピー機では印刷出来ない、大判コピー用の大型印刷機が一台置いてあるのだが…その印刷機は古く、出力までにかなり時間がかかる。

大型印刷機は地上の資料室にもあるので、大抵の社員は最新機種のそちらを使い、わざわざ地下まで降りていく者は稀だ。
資料室の大型印刷機を使用する人があまりにも多かったり、急ぎで資料を作らなければならないのにメンテが入って使用中止になっていたりなど、余程のことがないと、まず地下の印刷室を訪れる機会はない。
現に亜里砂は在職中、地下の倉庫に行くことは幾度となくあったが、その片隅の印刷室を使ったことは一度もなかった。

印刷機の出力が遅いのもさることながら、その『部屋』の尋常でない雰囲気の悪さを、入社時から噂で何度も聞かされていたからだ。


『肩たたき部屋』に配属された社員は、地下倉庫の片隅の部屋で、一日中何の仕事もなく、古びた印刷機の横に並べられたデスクの前に座っていることを強いられる。

仕事は、ごくごくたまのロール紙やトナーの交換と発注。たまに訪れるコピーをしに来た人の補助のみ。(しかも私語厳禁!)

悪いのは雰囲気だけでなく…地下なので勿論窓も無く、換気ダクトも生きているのかわからないくらい空気も澱んでいて、他の社員は余計にそこに寄りつかない。

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