急募!ベリーの若様が花嫁を御所望です!
(いけない!忘れてた)
オフィス横の非常階段を降りかけて…上着のポケットに無造作に放り込んでいたマリッジリングを、亜里砂は慌てて左手の薬指に嵌めた。

亜里砂は結婚をしてはいないが、『仕事』に行く時には、お客様との無用なトラブルを防ぐため、会社から支給された結婚指輪を嵌めていくことが決められているのだ。

(私が…こんな風に結婚指輪を嵌めることになるなんて…ほんと笑っちゃう…)

亜里砂は先程の北柴の言葉で、思い出さないようにしていたのに久々に思い出してしまった苦い思い出を振り払うように、ゆっくり頭を振った。

(さあ!お仕事!お仕事!)


一階まで階段で降り、エレベーターからどんどんはき出される定時帰りの人々でごった返すタワーのエントランスを抜けて…ベリーモールへの連絡通路へと歩き出す。

ベリー・マリアージュ・サービスの顧客で見知った顔が何人もいるが、気配を消して通路の端を歩く亜里砂の存在に、誰も気づくものは無い。

美幸も言っていたように、自分たちは影で黒子。この二年で、亜里砂は忍者のように、気配や存在感を完璧に消す術を覚えた。

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