私を甘やかして、そして、愛して!
今や久実の頭の中には遭難という文字しかない。

秘湯が干上がったとしか考えられなかった。

もしくはガセネタだったか。

行ってみなければ確かなことはわからないのが秘湯だ。

無名の秘湯ならなおさらである。

水さえあれば。

とにかく山と山のこの谷間に沢があってほしいと願った。

前を歩く先輩の背中

正確にはザックを目に焼きつけて歩き続けた。

気温がさらに下がってきた。

深夜になれば身体が凍りそうな冷気だ。

あと2時間足らずで陽が落ちる。

涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

この世にたった二人だけしかいないという錯覚に陥りそうにもなる。

山岳部だった先輩を200パーセント信頼した。

久実にできることはこれ以上先輩の足を引っ張らないように行動し

無事に帰宅できるよう祈るのみだ。

低い谷底に出た。

周りは木々が深い。

「良かった、水がある。」

先輩はザックから空のフィルターボトルを出して

小さい沢の縁に膝をつき水をすくい上げた。

ちょろちょろとした流れのない貴重な水が

少しずつボトルにたまり続けた。

翔平は第一の水には救われたと思った。

次は第二の寝場所だ。

山道以外は平らな地面が皆無だった。

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