私を甘やかして、そして、愛して!
テントを張る場所がない。

濃霧にさらされたら低体温に陥る。

「立花。」

「はい。」

久実は喉から無理やり返事を絞り出した。

ちゃんとしなければ。

この状況にちゃんと向き合わなければ後悔する。

先輩を困らせてはいけない。

「この山道しかない。」

「はい。」

「ガスに濡れたくないから、この傾斜にテントを置いてずり下がらないように木に吊るしかない。」

「はい。」

久実は秘湯に入るための着替え用としてテントを持参していた。

翔平は自分のテントを広げ

その中に久実のテントを広げた。

「これなら二重にしのげるだろ?」

「はい。」

久実は震えそうになる声を強く押し出した。

「大丈夫だ。水は数時間でろ過できるし、二人でシュラフにもぐれば体温も保てる。」

「はい。ありがとうございます。」

「ディナーは明日までお預けだな。」

久実はその言葉に喉を詰まらせた。

「先輩、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

すでに冷え切っている身体を折り曲げて謝った。

「人生初の遭難体験になるよな。」

翔平はニヤリと笑った。

ロープを伸ばして木の枝にくくりつけ

テントの端に結んだ。

通常なら地面に杭を打つが

傾斜だと安定感がない。

風がない分飛ばされないことだけは確かだ。

< 14 / 28 >

この作品をシェア

pagetop