麗しの彼は、妻に恋をする
彼はにこにこと笑みを浮かべながらそう言って、彼女のほうは恥ずかしそうに俯いた。

愛人ではなく結婚? と動揺する暇もなく、彼から写真だけの結婚式をあげたいこととその段取りを頼まれた。

そして、『聞きたいことが彼女から聞いておいて』と言い残し、急ぎの仕事があった彼は仕事で出かけたのである。

彼女とふたりきりになり、あらためて挨拶を交わした時だ。

屈んだ彼女の白シャツの隙間から、しっかりと紅い痣が見えた。

情事のあとを思わせるその印に、えっ、と呆れるやら驚くやら。
なるほど、そこはかとなく初々しい色気が漂っていることに気づかないふりをして、とりあえず事情を聞いたのである。

『冬木の秘書、夏目と言います。申し訳ありません。事情が全くわからないものですから、なぜこうなったのか教えて頂けませんでしょうか』

戸惑うように瞳を揺らしながら、彼女はポツリポツリと話しはじめた。

前日お礼の品を持って店に来たこと。
店を出た帰りしな、車に泥水を浴びせられてしまったこと。
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