麗しの彼は、妻に恋をする
『結納金と生活費以外に、桜井さんから申し出たい条件は?』

『いいえ、特にありません』

ひと通り聞いたうえで、夏目は『私からのお願いですが』と、条件を追加することにした。

『半年といわず冬木から離婚の申出があった場合は即座に応じること』

それをどんなふうに受け取ったのか、彼女は嫌な顔もせず『はい』と即答した。


あれからひと月。

夏目は益子に来ていた。

陶芸の町でもあるここには、冬木陶苑とも付き合いがある著名な作家が何人もいるので時々通っている。
なので目印のない田舎道でも、さほど迷うこともなかった。

ここまで来た理由はふたつ。
カフェで使う器を受け取るためという表向きの理由はあるが、本来の目的は別にあった。

独占欲が強いくせにそれを表に出せない上司のために、彼の妻の様子を見に来たのである。

――ここか。

柚希が住んでいる家は、築年数も相当経っているだろう小さな平屋だった。

その家とほぼ同じくらいの工房がすぐ隣にある。
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