麗しの彼は、妻に恋をする
なんとなく彼女らしいと思いながら、夏目はクスッと笑った。

庭先を歩いていくと、彼女が中から扉を開けた。建て付けの悪い音をたてながら開いた扉の中は、昔の家らしい縁側になっていて、そこに彼女は座布団を置く。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

冷凍庫にしまってきますと言って、扇風機のスイッチを入れ、彼女は部屋の奥に見える台所へと行った。

縁側から障子を隔てて六畳の居間がある。
その隣には、居間よりも少し狭いと思われる和室があり、部屋はその二間らしい。
居間にはテーブルがあり、ノートパソコンが置いてある。
陶器が飾るように並んでいる棚があるが、それ以外には何もない。普通あるべき物が何かないと考えて、テレビが見当たらないことに夏目は気づいた。
実に慎ましい暮らしだ。

ミーンミンミンと、けたたましく蝉が鳴いている。
もう八月だ。都内にいればエアコンなしてはいられないだろうが、ここは緑が多いせいか吹き抜ける風が心地よい。
自然に身を任せ、好きなことをしながらのんびりと暮らす。

汗を掻いたアイスコーヒーで喉を潤しながら、これはこれでいい暮らしだなと思う。

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