麗しの彼は、妻に恋をする
多額の結納金や月々の生活費までもらっておいて、月に何度か会うだけで家事すらしないのだ。ちょっとくらい恥ずかしくても、妻としての務めを果たさなければお天道様に叱られるだろう。

マネキンになったつもりいればいいのよねと思いながら、柚希は心のスイッチを切った。

アーチスト、トニィによって、仕上げの化粧が始まる。

柔らかい指の動きは心地よい。化粧水をたっぷりと含んだコットンをあてられたり、小顔マッサージをされたりしているうちに、いつの間にか眠りに誘われていた。

「さあ、これでいいかしら」
という声にハッとして、柚希が鏡を見た時には全てが終わっていた。

「さあ、立ってよく見せて」

「はい」

自分の作品に集中するのは陶芸家もメイクアップアーチストも同じなのだろう。柚希の全身に抜け目ない視線を走らせた彼は、満足げに瞳を輝かせてにんまりと口角を上げる。

「ああ凄い! とーっても素敵よぉー。すばらしいわ」

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